大学生活

卒業研究,発表を終えて。これから卒論を控える3年生へ本気で伝えたい卒論の本質

 

皆さんお久しぶりです.かいせんどん(@kaisendon_1206)です.

卒業に必要なこととはいえ,卒業研究の進行のためブログ更新が不定期になってしまって申し訳ありません.今後は3月末まで火・土の週2更新に戻すつもりなので,よろしくお願いします.

 

今回は無事卒論提出も終わり,研究発表会を終えたところで卒業研究・卒業論文について本気で語ろうと思います.これから卒業に向けて卒業論文にかかるすべての後輩に向けて有益なことを書いていきます.

 

その前に一言.「卒業できればいいや」と思ってる大学3年生諸君.今すぐその甘い考えを捨てろ

という訳ではじめます.

 

卒論発表会の感想から言うと

まさに阿鼻叫喚ともいえる悲惨なものでした.

 

「素人質問で恐縮ですが」

「これ,既存研究とどう違うんですか?」

「この図はどういった意味なのかわからなかったので説明をお願いします」

 

発表後に無数の矢のように降り注ぐ教授たちの質問.質問の答えに詰まる同学年の姿を見るのはなかなかつらいものがあった.

ですがこれ,考えてみてほしい.自分で書いたデータや内容について説明できていない時点でかなりヤバいのではないか?

 

1年間もかけて書いた卒論.それは膨大な量のデータがあるでしょう.事実僕の卒論も図表の挿入で60ページ,25,000字にも及ぶ大ボリュームな卒論になりました.

 

ですが卒論に記載した内容の責任はすべて当事者である自分が負います(院生の修論は指導教授・関連人物も責任を負いますが).

ということは発表の場において説明できない箇所があるということは,その卒論の責任者であるはずの自分の理解がそもそも足りていないとも言えるということになる.こんなに情けないことは…ないんじゃないか?

 

僕の研究室は教授も厳しく指導してくれたので同期はスムーズに回答できていたけど,他研究室の人の質疑応答の時間は見るに堪えなかった.

教授たちの対応も「お前は1年間何をやってきたんだ」と言わんばかりの態度が見え隠れしていた.

 

そもそもあなたが卒論をやる意味をちゃんと考えてくれ

というわけで発表会が終わった解放感もあったが,同時に大学4年生みんなの1年間の過ごし方の差が公的な場で晒されてしまう結果にもなって何とも言えないモヤモヤも残った.

もちろん他人のことです.自分がその人のことを気にする必要もないし,なによりそんな時間はもったいない.そんな時間があったら僕は1記事を書きます.(これはディスられても全く気にならなくなるハイパーメンタル強化法でも述べています)

 

じゃあなぜわざわざ他人のことを気にしてこんな記事を書いているのか.それはなんだかんだ言って僕は他人が好きだし,「大学生をやり切った」という感覚を味わって卒業してほしいと思ったからです.

 

そもそも卒論をやる意味って,なんだと思いますか?

 

卒業に必要だから,という意見が多いと思います.でも僕は本質は違うと思っていて,「『学生個人が』『学内ですべての責任を負う』一大長期プロジェクトが『ノーリスクで』できる」というものだと考えています.

 

責任を負うのは自分自身.けれど卒業はできるし特にリスクもない.1年間をかけて行う,文字通り大学生の集大成なわけです.

しかも1年間も自由に使える.ノーリスクで調査も研究も実験もできる,こんな機会を有効に使わずしてどうする.

 

「何事も全力で」とはいうけど,むしろ3年生までダラダラしてた人こそ卒業論文を悔いなく書きあげてほしい.卒論には大学生の最後を賭ける価値がある.

 

逆に言うと,なんとなくで書き上げた卒論には全く意味がないことを知っておいてほしい.あなたがなあなあで過ごした1年間が詰まった論文なんて全くの無価値だし,教授も興味を示さない.質疑応答なんて教授の流し作業と化すでしょう.

 

1年間を無駄に過ごす意味を改めて考えてほしい.

そして学生時代の『本当に』貴重な1年間を無駄な文章を書く作業に費やさないためにも,これから取り組むであろう卒論には自分にとって価値がある,やってて楽しい,実力がつくものを題材に取り扱うべきだと僕は思う.

下手な卒論なんて書くな.それに払う時間の価値と教授・友人の評価を考えてくれ.

 

ぜひとも卒論で「学生をやり切った感」を味わってほしい

色々書いたけど,大学生活において最も重要なことは自分でやることが選べて成長ができることだと思っている.

学ぶなり遊ぶなりで日々成長する大学生.その誰もが最終的にやることになるのが卒業論文.

 

学び・遊んできた4年間の結果をまとめる作業です.本気でやらずに何をやるんだ.

これをやり切ったとき,本当にブワッ…と.語彙力がなく月並みな言葉で申し訳ないが,スッッッキリする.

帰り道に景色が広がる.「ああ,俺は学生やり切ったんだな」と帰路で思う.

自分の力だけでイチから立てた長期プロジェクトをやり遂げる達成感は卒論だけです.間違いなくこの先の何にも代えがたい経験となる.

 

社会人になったら毎日当たり前のように何かのプロジェクトに携わり,それをこなすでしょう.そこでしばらく働くうちに気づく訳です.

「俺は学生時代こんなに大変なことを1人でやったんだ!」

 

誰がどう思おうとも自分の自信になるはず.大学時代,一度くらいは必死になってみないか.

 

同窓会のたびに「あいつの研究,すごかったな.俺は…」と物思いにふけるのか.それとも「4年生は忙しかったけど,本当に楽しかったよな」と笑い合うのか.

 

最後に決めるのはあなたです.お好きな道を選んでください.

ただ,卒論に必死に取り組んで損をすることは1つもない.いっちょ,やってみよう.

 

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